物質科学また材料科学においては,環境に優しく,毒性元素を含まない化合物や新規な構造を創出することにより,従来の性能を損なわない或いは超えた新規機能性材料の開拓が求められている.これらの課題を解決するために,新しい材料設計の方針や新たな戦略元素の探索が強く要請されている.このような視点に立って,本研究室は実用化可能な新材料の創出, 優れた光電機能性を有する材料の開発のブレークスルーとなるような新概念や新材料の設計指針の提案を目指す

現在の主な研究テーマ
  • SPS焼結法による透明電気光学セラミックスの開発
  • Caの置換効果によるチタン酸バリウム系圧電材料の開発
  • 元素設計による新規グリーンな圧電材料の開発
  • 巨大圧電焦電係数を有する新規焦電材料の開発
  • リラクサーにおける巨大物性発生機構の解明
  • 強誘電体ドメインによる物性解明・制御
  • 新規イオン伝導体の開発

研究内容


量子揺らぎ効果を利用したチタン酸バリウム系の物質開発

BaTiO3は,電気・光学機能性材料として,また日本の電子材料開発史でも有名な物質である.ぺロブスカイト構造のBaTiO3を利用する上で摂氏マイナス5℃だった構造相転移がデバイスの温度安定に大きな障害となる.また,融点直下で安定する六方晶構造からぺロブスカイト構造への構造転移も光学結晶の育成に大きな障害となる.我々は小イオンのCaの局所的な変位効果によるBaTiO3本来にあるTiの変位状態を制御するという観点で研究したところ,この二つ問題点を解決する方案を示した.Floating zone (FZ)法で広範囲のCa濃度分布でのチタン酸バリウムの単結晶化に成功するとともに(Appl.Phys. Lett. 93, 012904 (2008).) , Ca置換でマイナス5℃だった構造相転移の完全抑制にも成功している(Phys.Rev. Lett. 100, 227601 (2008)).

 この物質系では,Ca組成 x=0.233で量子強誘電-強誘電相転移が存在する.結晶構造が量子的に揺らいているため,極低温でも外場に敏感に変化し,巨大な応答を示すと考えられる.基礎研究上及び光学応用に高品質が要求されている量子臨界組成 x=0.233の結晶化が溶融法で最近に実現した.この結晶を対象にし,強誘電体の双極子相互作用に着目して量子効果による巨大な物性発現制御を行った.その結果,(1)量子飽和温度(量子効果の及ぼす温度)=100Kを格子歪みの温度変化より見積もった;(2)量子揺らぎがソフトフォノンに対して熱揺らぎに類似したソフト化効果をもたらすことを判明した(Appl. Phys. Lett. 100, 102908 (2012)); (3) 約100K以下の低温領域において,量子臨界組成付近に誘電応答及び圧電応答が最大になることを明らかにした;(4)量子臨界組成 x=0.233の結晶において,誘電率の他に,弾性{だんせい}コンプライアンス,電気機械結合常数,圧電定数等の物理量が室温から絶対ゼロケルビン付近までの広範な温度範囲には殆ど変化しないことを明らかにした.これによって,誘電・圧電素子応用で極めて重要な温度特性の抜本的改善への可能性が見出された. 広範な温度範囲に温度の安定性を加えて,電場にする履歴の無い歪み応答も観測された.AFMにおける原子制御・操作,光学・NEMS (nano- electromechanical systems)における超高精密位置制御への利用に期待したい.

この物質系の強誘電特性を調べたところ,小さなCaイオンの置換にも拘らず,強誘電性の元である格子歪みが変わることがなく,自発電気分極もBaTiO3と同様の値をもつことが判明された.更に,BaTiO3より自発分極が安定になっていることも分かった.このため,この新物質系のメモリー材料としての応用の可能性が示されている. 2010年のイギリス物理学会(IOP)誌に発表されたこれらの物性に関する論文(J. Phys.: Condens. Matter. 22,052204 (2010).)が1309回にダウンロードされた.論文が高く評価され,IOPによる研究紹介の他に,IOP SLECT及びIOPの基幹論文誌Journal of Physicsの2010年ハイライトにも選定された.
 これらの研究をきっかけとして,化学結合・局所構造・量子揺らぎを意識した設計法が確立され,強誘電体・圧電体に新な物質群を加えていく可能性が示唆された.


ぺロブスカイト構造におけるCaの変位

結晶エネルギーとCa変位の関係

BCTO単結晶(FZ法)



Agで環境に優しい圧電体・強誘電体を作る

銀は人間に親しく,古くから食器にも使われてきた材料である.これを使って酸化物強誘電体を作ろうという試みは1950年代頃から続けられているが,未だ成功していない.銀と酸素間の共有結合性という観点から銀系ペロブスカイト酸化物AgNbO3の構造と誘電物性を見極め,良質な多結晶を調べた結果,220kV/cmの高電場においてBaTiO3単結晶の分極値の2倍を超えた巨大な電気分極がAgNbO3多結晶に存在することを発見した(Appl. Phys. Lett. 90, 252907 (2007)).収束電子回折(東北大津田准教授ら),中性子・放射光X線回折(東工大八島教授ら)を用いた解析よりAgNbO3の結晶構造における原子位置が精密に決定された(Chem. Mater. 23, 1643 (2011)).室温ゼロ電場においてAgNbO3が非中心対称性のPmc21空間群をもち,Ag原子とNb原子がc軸に沿って変位することにより,AgNbO3の強誘電性が発現することが判明した.これらの研究結果はAgNbO3が新規な強誘電体・圧電体開発のための母体材料となる可能性が示唆された.AgNbO3の巨大電気分極の発見をきっかけに,化学結合の設計手法を利用した物質開発で,次々に(Ag,Li)NbO3(Appl.Phys. Lett. 92, 172905 (2008), J. Phys.: Condens. Matter. 23, 075901 (2011)), (Ag,Na)NbO3(App. Phys. Lett. 99,012904 (2011)), (Ag,K)NbO3(J. Appl. Phys. 106, 104104 (2009))等の新たな強誘電体材料を創り出した.これらの研究は,環境に究極的に優しい鉛フリー材料の実現性を示している.





コンデンサ材料BaTiO3より10倍以上の誘電率を持つリラクサーの仕組みを解明―巨大電気物性に新規材料の設計方針を提示―

リラクサーが示す特異な誘電特性に関しては50年以上議論されてきたが,その本質的な発現機構は未解明のままである.本研究では,代表的なリラクサー物質であるPb(Mg1/3Nb2/3)O3 (PMN)を対象とし,分極測定,ラマン分光(東工大応セラ研谷口博基氏),及び透過型電子顕微鏡観察(東工大山本直紀教授,大阪府立大学森茂生教授)の実験結果を総合的に解析した結果,以下の結論を得た:(1)PMNにおける広範な温度領域にわたる巨大な誘電応答は分極ドメインの応答に由来する.(2)PMNは本質的にはTc ~ 225Kの強誘電体である.(3)強誘電相において,ナノサイズのドメインは互いにマイクロメートルオーダーの範囲で相互作用し,全体としてより大きなドメイン構造を形成する.これらの結果より,リラクサーという複雑系物質の物理像がより明確になった.ここで明らかになった「ドメイン構造の多重スケール不均一性」とも言うべき階層的構造が,巨大電気機械結合効果を示す圧電材料を理解するための要となる考え方を提供するものであると考えている.ドメイン構造における多重スケール不均一性は,リラクサー強誘電体のみならずドメイン構造を有する他の材料にも存在する可能性があると推察される.ドメイン構造を室温で制御することにより,新規圧電材料あるいはドメイン制御による巨大物性を示す新規物質開発に新たな方向性を与えることに期待されている (“Ferroelectrics: Nanoregions team together”, NPG Asia Materials, Feb. 1, 2010, doi:10.1038/ asiamat.2010.17).










2015/04/15 更新、無断複写禁止、 © Fu's Lab